望遠鏡を「バリアフリー化」する「デジタル・バリアフリー・システム」始動しました!

「~世界の人に星空を~」

これは那須香大阪天文台の原点であるテーマです。今から30年前、広島県尾道市で「世界のこどもたちに星空を」を目標に発足した那須香天文台は、より多くの人々に星空を提供するために大阪に移転し、「那須香大阪天文台」として再出発しました。今年は30周年でもあります。そして大人も含めて「すべての人に本物の星空を」提供するために目標を「世界の人に星空を」に変え、観望会やプラネタリウム支援事業を継続、拡大してきました。望遠鏡も12cmから始まり、市街地での星雲星団の観察にも対応すべく、望遠鏡を大型化してきました。ただその中で大型望遠鏡の宿命でもある「梯子を使わないと見えない。」「車椅子では小型望遠鏡しか対応できない。」「姿勢が不安定でのぞきにくい。」「おもしろい解説をリアルタイムで見ながら聞きたい!」様々な課題も見えてきました。また観望会も来場者の増加により車椅子や身体に障害のある方、また乳幼児で望遠鏡がのぞきにくいお子様も増えてきました。

「平成30年台風21号の被災から」

被災したバリアフリー対応架台

台風21号により格納庫が全壊。望遠鏡も浸水や倒壊被害があり、物理的な昇降方式のバリアフリー対応望遠鏡が水没し、使用不能になる被害もありました。その復旧にあたり、せっかくなら41cm望遠鏡などの「主力望遠鏡」もバリアフリーで!という従来からの夢を実現することにしました。ちょうど台長の中島自身の体調不良もあり、望遠鏡がのぞきにくい方にも対応することの重要性を痛感することになりました。

デジタル・バリアフリー・システムの概要

しかし「バリアフリー望遠鏡」は小型で架台昇降が可能なものか、固定された大型望遠鏡で光学式プリズムやクーデ式架台が導入されているものに限られ、移動組み立て式、なおかつ大型の望遠鏡では同様の方式での安全確保が難しくなります。また設備も重量、大きさともに少人数での運用ができなくなります。主催者の負担にならないよう、現状移動している機材に少し加える程度の重さと手間で運用できる必要もあります。そこでデジタル方式で「デジタル・バリアフリー・システム」を企画し、導入することにしました。

二つの「バリアフリー・システム」で望遠鏡に対応。

天体観望会では様々な天体を観測します。特に那須香大阪天文台では月や惑星だけでなく、市街地でも星雲・星団・銀河の観測も行います。これらはひとつのシステムでは対応困難です。同じ大口径望遠鏡でも、高倍率で「分解能」が要求される惑星や重星などの観測と、低倍率で「集光力」が要求される星雲・星団・銀河の観測では明るさの比率「明暗比」「拡大率」が大きく違います。しかも雑誌、書籍、インターネットなどでも広く公開されているような、アマチュア天文家や天文台が撮影し、加工されたデジタル写真と、「望遠鏡を通して人の目で見た姿」とはまったく違います。より人の目に近く表現させるには、どうしてもシステムを2種に分ける必要があると考えました。

その1【月・惑星対応】バリアフリー・システム

アイピース用C-MOSセンサー

月・惑星対応バリアフリー・システム

「のぞいたままで!」

月や惑星はじゅうぶんな明るさがあり、また高倍率拡大で迫力ある姿を見たいものです。このために、USB接続のC-MOSセンサーと、焦点調節用のC-MOSカメラレンズを併用し、今のぞいているアイピース(接眼レンズ)にそのまま取り付けます。天体写真では「コリメート撮影」方式となります。明るさは惑星によりかなり違いますので、自動調整機能がありますが、現状はある程度手動での調節が必要です。そのためにUSB接続されたパソコン側で手動で明暗調整を行うことも可能です。

守口市観望会でのバリアフリー・システム実用実験の写真(スマートフォンで画面を撮影)

天体観望会で実用実験を行い、パソコン画面をスマートフォンで撮影しました。思った以上の効果があり。最近は「天体を写真撮影したい!」というお客様が増え、撮影しようとする方も多いのです。しかし、参加者の多い観望会では大型望遠鏡は人数が集中し、スマートフォンとのレンズ合わせなどに時間がかかるため、「撮影はお断り」することもよくありました。「バリアフリー・システム」ではパソコンの画面を撮影できますから、同時に何人もの方が簡単により確実に撮影できます。

また、この守口市での観望会では画面を指差して「カッシーニの間隙」や大気のゆらぎの説明を行いました。実際のリアルタイム映像での解説は、臨場感がありプラネタリウムの比ではありませんでした!

バリアフリー・システムによる接近中の火星(スマートフォンで画面撮影)

接近中の火星は非常に明るいものでしたがマニュアルで減光し、目で見たままの姿で映せます。人間の目は広い範囲の明暗差を自動的に「明暗調整」を行う「高機能センサー」なのです!それを自動的にカバーするだけではまだ難しく、マニュアル操作で調整します。

小型プロジェクターで月を拡大投影(スマートフォンで画面撮影)

この惑星対応バリアフリーシステムではどうしても拡大優先なので、大型望遠鏡では月は全体は入っていません。しかしパソコンに小型プロジェクターを接続し、望遠鏡を動かして「月旅行体験!」こんなことも可能です。見口が小さくのぞきにくい高倍率アイピースですが、小さなお子様でも大きくはっきり見ることができます。

接続するUSBケーブルは現状、望遠鏡からパソコン端末まで約5メートル延長可能です。また無線のサブ・ディスプレイの導入なども検討していますが、C-MOS素子の改良や接続インターフェイスの無線化も今後可能になります。

月・惑星対応バリアフリー・システム

このバリアフリー・システムは日本ではあまり流通していない中国製のC-MOSセンサーをスタッフの協力で改造したもので、何種類ものセンサーをテストし、実用段階に至りました。完成には至りましたが、現在もセンサーの改良を行っています。より鮮明で色表現の良いものに改良を継続中です。今後のバージョンアップにもご期待ください。

 

その2・【星雲・星団・銀河対応】バリアフリー・システム

星雲・星団・銀河対応バリアフリー・システムと眼視用アイピース

星雲・星団・銀河対応バリアフリー・システム

「より見えやすく!

星雲・星団・銀河、特に星雲や銀河は暗く、ぼんやりとしています。市街地では見えないことも多く、見る人の「視力」に左右されます。台長の中島は驚異的な視力がありますが、天体望遠鏡、特にぼんやりとした星雲状天体を見たことがない方は、イメージしにくく、どのようなものか想像すらできません。むしろ、雑誌や書籍、ネットの写真のイメージどおりに見えると思い込んで見るとガッカリすることもあります。これを「市街地で実際に見える状態の範囲」でより見えやすくし、ディスプレイに映せる状態まで明るくする必要があります。このために、大きく広角で高感度なC-MOSセンサーを持ったデジタルカメラと、アイピースホルダーの取り外しやカメラアダプター取り付け調整の手間がない、天体写真では「直焦点撮影」方式を採用しました。

バリアフリー・システムによるプレアデス星団「すばる」()

バリアフリー・システムによる「オリオン大星雲(M42)」

この見え方は市街地で望遠鏡で見た状態にほぼ近いものです。加算合成加工すると天文雑誌で見るような写真に近くなりますが、ここではそれはしません。「観望会」の意味を失うからです。あくまでもお客様の立場に立って見たものです。

ここで露出時間(シャッタースピード)を変えるとどうなるか標準の1秒と5倍の5秒で試してみました。観望会と同様、街灯がすぐ近くにある市街地の条件です。

標準設定の「アンドロメダ銀河(M31)」

露光5倍の「アンドロメダ銀河(M31)」

合成加工ではないので背景の街明かり(光害:市街地ですから私は「害」とはいえないと思いますが)も5倍になり背景比率は同じです。不自然とはいえません。これが現実、「人の目のかわり」です。加算合成やフィルター加工すれば『見栄え』はよくなりますが、アイピースを通して見る人との差ができてしまい「バリアフリー」の本来の意味から外れます。またリアルタイムの映像で、加工の時間がかかるとこれも「不自然」です。暗いなと感じたら、プロジェクターやディスプレイに合わせて明度調整すればいいのです。

またこのシステムはカメラ側でコントロールしますので、有線でパソコンとUSB接続し、プロジェクターやディスプレイに表示する方法と、Wi-Fi機能を使い、あらかじめ無線設定したタブレットやスマートフォンと接続することも可能です。

Wi-Fi接続でタブレットに表示されたオリオン大星雲

この場合、車椅子のお客様の手元まで持っていく、文字通り手元でバリアフリー観察という方法も可能です。またUSBケーブルは5mほど延長可能ですが、Wi-Fi接続で十数メートル離れた無線接続タブレットにも接続可能です。タブレットのHDMI端子とプロジェクターとの接続なども可能です。

ぼんやりとした銀河、星雲も街明かりはありますが、見えやすくなります。

2018年10月29日のオリオン大星雲(バリアフリー・システムでの転送映像)

最も効果的なのは星団だと思います。微光星のちらつきがなく口径を生かしながら見えやすく、また合成したような不自然さもありません。

おおいぬ座の散開星団M41(2018年10月29日)

ふたご座の散開星団M35(2018年10月29日)

「プレセペ星団(M44)」(2018年10月29日)

41cm望遠鏡、20cm望遠鏡などでは月の全体像も!

星雲・星団・銀河システムでの月(15cmF5:750mm)月の直径は約30分角です。

視野の確認のために15cm望遠鏡で月を導入しました。シャッタースピードは大きく変更しないといけませんが、静止画、動画ともに対応可能です。むしろ1800mmほどの焦点距離がある大型望遠鏡ではこちらで月に対応する方が、全体像が見え、明るさも体験できていいと思います。観望会でもラストに41cmでの月の観察はハイライトですから!

従来どおり「のぞいて見る!」が基本です!

以上のように実証実験、現地での実用実験も期待通りの成果となり、天体観望会で「デジタル・バリアフリー大型望遠鏡」が実現することになりました。しかし、やはり望遠鏡は小さなお子様でものぞいて「宇宙からの光」をそのまま見たいものです。天体観望会では従来どおり、アイピースでのぞく形態をとります。体験することを大切にしたいのです。

しかし今までできなかった天体観望会での以下の観察方法が加わったことになります。

  • 車椅子や梯子に登れない方でも大型望遠鏡で見ることができる。
  • 人数が多い観望会でも「スマホで天体写真撮影」が可能になる。
  • ディスプレイでポインティングしながら天体の見え方の解説ができる。
  • 大人数でリアルタイムでプロジェクター投影し「今、まさに!」の天体解説ができる。
  • 視力、眼鏡などでみえにくかった星雲・星団・銀河の観察が容易になる。
  • 曇天時、晴れ間の少ないときには即座に映像記録し公平に観察できる。
  • 観望会と同時に映像記録し、インターネット公開や配信ができる。
  • 主催者、主催施設に資料として映像を残すことができる。

その他、様々な活用方法が今後提案でき、またご要望に対応できると思います。ご要望や、活用方法などがございましたらぜひご提案ください。

最後に、このシステム開発・製作に携わっていただき、技術協力いただいた、那須香大阪天文台のスタッフ及び関係者の方々に深く感謝申し上げます。

平成30年10月31日

那須香大阪天文台

中島健次